
平成30年3月7日(水)8:03東京発のひかり463号に乗り込んだいつもの面々。平成最後の年を記念して、紀州の旅へ出掛けた。 今回は女性2人がリーダーで、男共は気ままな旅だ。天空のラピュータがナントカカントカと言うのだが、オジン達はチンプンカンプン。 |
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| ひかり463号で新大阪へ | 11:15くろしお9号で和歌山へ | |
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| 昼は和歌山ラーメン | ||
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| 紀州徳川55万石の和歌山城 | ||
| 城作りの名人と言われた藤堂高虎が築いた和歌山城。元和5年(1619年)に徳川家康の10男頼宣が入城して、以来14代にわたる紀州徳川家の本城であった。石高は55万5千石。徳川御三家の雄藩で8代将軍吉宗は、紀州藩5代目の藩主であった。 |
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| 紀三井寺 | 200段も登るなんて私やーめた。 | |
| 紀三井寺は滋賀県の三井寺と関係があると思っていたが、まったく関係がなかった。山上に湧き出る吉祥水、清浄水、楊柳水の三井水が寺名の由来だという。三井水は日本100名水にも選ばれている。救世観音宗総本山。 あまりの勾配と200段と聞いて私は参詣を諦めた。そうしたらもう一人戻ってきて、二人で珈琲飲みながらゆっくり待っていた。この喫茶店で聞いた情報が、あとで重要な役割を果たす。 |
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| 夕暮れになって和歌山市内へ帰ってきた。 | ||
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| 紀州のしずく | ||
| 紀三井寺で立ち寄った喫茶店で教えてもらった和歌山の居酒屋。紀州のしずくは大当たり。酒はうまいし、さかなも絶品。 呑兵衛にとっては至福の時だ。 |
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| 幸せだなあ、僕は君といる時が一番幸せなんだ。 | ||
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| 翌3月8日(木)は朝から雨。船は諦めかけたが、電話が通じて船が出る!!。急いで南海電車に乗り込む。 和歌山市発加太行きの南海電車は、まったく客がいない。1列車貸し切り状態。 |
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| 友が島汽船 | 雨の中をレーダーを頼りに | |
| 加太港11:00発の友ヶ島汽船は雨の中を航行、11:20友ヶ島野奈浦桟橋に着いた。 |
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| 友ヶ島 | ||
| 日本標準時の子午線東経135°が通る島で、天空のラピュータに雰囲気が似てると言うが、オジンには何のことやら。明治政府が外国の戦艦から大阪を防衛するために、築いた砲台だそうだ。 |
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| 第3砲台の弾薬庫 | ||
ここまでたどり着くのが難行苦行。急勾配の山道を1時間かけて登った。これはかなりきつい。心臓が壊れそうだった。この弾薬庫から砲台まで地下道で運んだ。無茶な仲間がその地下道を探検したら、女郎蜘蛛のように大きな蜘蛛が、頭上にいっぱいだったって。ついて行かなくて良かった。
上の写真は炭酸ガスボンベで自動巻きするグラフィック35で撮った。暗かったので絞りはかなり開けて撮ったが、よく撮れるカメラだ。黄色いマントの怪しい人物が坂を登っていった。 |
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| 桟橋へ帰ってきてもモノが二重に見える。 | JR和歌山線で橋本へ | |
| やっとのことで山をくだり、13:30加太港からタクシーで和歌山駅へ。 13:55和歌山発、14:57橋本着。電車の中で弁当。チョット行儀が悪いけどご勘弁を。カメラまで疲れ切ってフラフラしてる。 |
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| 金剛三昧院 | ||
| 今夜の宿は金剛三昧院の宿坊。案内の坊様はかなりのイケメン。夕食は精進料理だがなんと酒が付いてきた。おかわりも自由だって。時代は変わった。女人禁制はいつ解けたのだろう。みんな2本ずつ飲んで良い気分。 |
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| 勤行を終えて | 朝食 | |
| 朝6時半からみっちり勤行。真言宗の根本経典「理趣経」をたっぷり聞かされて、身も心も清められたせいか、朝食がうまいのなんのって、みんながお代わりしてお櫃が空になってしまった。 |
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| 国宝 多宝塔 | ||
| 貞応2年(1223年)建立の多宝塔で、高野山では最古の建物。高さ15Mの美しい塔だ。 |
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| 雪が降ってきてめっちゃ寒かった。 手が凍えていて少しぶれた。 |
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| 根本大堂 | 国宝 不動堂 | |
| 金剛峯寺は本堂と少し離れたところに、根本道場の大伽藍群がある。朱色が美しい根本大堂、国宝不動堂、高野山一山の総本堂たる金堂など大伽藍が軒を連ねる。この一群の伽藍を壇上伽藍と称する。 |
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| 奥の院 御廟橋 | ||
| この橋を渡って弘法大師の御廟までは撮影禁止、音曲禁止。清浄の気が張り詰めている。この二人もだいぶ清められてきた。俗世に戻っても清らかなままだと良いのだけれど。 高野山の奥の院は、この御廟橋から一の橋まで2キロにわたり、数え切れない墓石が連なる。信長や秀吉、謙信や信玄など歴史上の人物の供養塔が所狭しと並んでいる。その数20万基というからすごい。以前に来た時には明智光秀と織田信長が、比較的近くに並んでいて驚いたが、今回訪ねたら信長はずっと奥へ移されていた。あの世でもこの二人は一緒にはできないね。 パナソニックの松下家、小林製薬の小林家などの供養塔もかなり大きい。以前来た時にはシロアリの供養塔もあったけど、今回は見つからなかった。 |
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| 昼はきつねうどん | 橋本から南海電車で難波へ。 | |
| 昼飯を食べていたら時間が無くなって、タクシーで連絡バスの停留所へ急ぐ。発車1分前に乗車。フー!! |
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| 大阪名物たこ焼き | ||
| 新大阪駅で 帰りの新幹線を待つ間に、名物のたこ焼きで1杯。とことん飲みますねえ。やっぱり大阪はたこ焼きだね。 |
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| 姉御がガン付けてきた、あー怖わ!! | ||
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