地獄で猿に逢う旅

2015年(平成27年)11月9日(日)全日本クラシックカメラ倶楽部(AJCC)は、上高地への撮影旅行に出かけた。小樽や駒ヶ根、大阪からの会員も参加し、総勢40名のバス旅行である。あいにくの雨模様ではあったが、上高地の定番撮影スポットでは、晴の日とはひと味違う雨に煙る風景を堪能した。

翌10日(月)は午前中にコシナの工場を見学して、小布施の町を散策。そこで6名の呑兵衛が脱走を企て、地獄への逃避行が始まった。
 
 雨の上高地

小布施駅から長野電鉄の特急に乗る。やってきた電車はなんと小田急のロマンスカーだ。広軌用の電車だから、導入に当たっては既存のホームを削ったんだって。鉄道マニアの藤岡さんはおかしな事に妙に詳しい。 

長野電鉄特急スノーモンキー号 
            藤岡俊一郎氏撮影

終着駅の湯田中温泉でバスに乗る。切符窓口のおばさんが、「地獄谷へ行っても猿はいないよ」と地獄ののような御託宣をのたまう。ショックを抑えてバスに乗り込んだ。終点の上林温泉で降りると、上り坂が続く。最後の急坂の手前に、御託宣を裏付けるような張り紙がある。めげそうな心にむち打って、山道を登る。雨までが降ってきて、心は益々湿ってきた。
   藤岡氏撮影

最初の急坂のあとは、比較的平坦な山道で、足弱の私でもなんとかたどり着けそうだ。藤岡さんは元気で、時々、足を止めては我々の写真を撮ってくれる。
 
 藤岡氏撮影

約40分ほど歩くと今日の宿、「後楽館」が見えてきた。煙雨の中に渋い和風の建物で、なかなか良い感じだ。少し心も晴れてきた。

 
 地獄谷温泉              噴泉       藤岡氏撮影

地獄谷温泉98度の温泉が常時噴出している噴泉で、水を流しっぱなしで薄めないと、とても熱くて入れない、文字通りの地獄の湯である。この地で江戸時代元治元年(1864年)から、150年続く温泉宿が後楽館である。 

AJCCから脱走した呑兵衛達 

小布施でAJCCから脱走した6人の呑兵衛は、道無き道をを求めて一心不乱に登り詰め、ようやく今夜の食事にありついた。イワナの塩焼き、山菜の天ぷらと鴨鍋仕立てという豪華な献立。6人で空けた酒の銚子は、10本を超えていたが、翌朝の勘定書きには7本しか計上されていなかった。宿の亭主に指摘すると、こっちも飲んでいたので正確にはわからないから、それで良いよと言う。こせこせしない良い宿であります。 

呑兵衛と言っても、藤岡さんはビール党、神藤さんは酒断ち中、小山、稲田の両氏はほどほどの口だから、10本のほとんどをまゆみ嬢と私とで飲み干したわけだ。部屋に帰っても飲み続け、11時を過ぎてようやく就寝。
 
 猿への警告
 
宿の露天風呂にこんな掲示が掛けてある。野ザルの皆様へ。この風呂はヒト専用だからサルは入浴禁止だって。サルにわかるのかなあ。

   
群れからはぐれた母子猿 
 
翌10日の朝、いないと言われてももしやと思いながら、近くの野猿公苑に行ってみた。窓口では猿がいないから無料だという。いつもなら500円の入場料がかかるのだが。いよいよあきらめムードだったが、なんと小さな子ザルを連れた母猿がいた。群れからはぐれてしまったらしい。係員のおじさんから特別に大豆をもらって、うまそうに食べている。
 
 温泉に入る猿
 
おじさんが大サービスで、温泉の中へ餌を撒いた。子ザルを背中に背負ったまま、温泉へ飛び込んだ母猿。すかさずカメラのシャッターが切られる。私は標準レンズしか無くて、かなりの遠景になってしまった。

 
 後楽館

野猿公苑から見下ろす後楽館は、秋雨に煙っていて墨絵のような風情だ。思わず杜牧の詩が頭をよぎった。 
 南朝四百八十寺 多少楼台煙雨の中
   
 上林温泉のレストラン
上林温泉でバスを待つ間、ラーメンで昼食。紅一点のまゆみ嬢は、ワインとブルスケットとかいう名前のプチサンドらしきものをお召し上がりに。なかなかオシャレであります。
 
 呑兵衛珍道中
 
長野始発の北陸新幹線あさまに6人席を占めて、帰りも宴会。神藤氏はなぜか飲まない。2泊3日の旅の内、1人だけ酒を飲まない。すごい精神力だ。これは尊敬に値する。

ともあれ無事に地獄から生還した。次はどこに行こうかな。


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