房総の森の不気味な仮面  成田南羽鳥中岫遺跡
2008.12.07

現代の日本で最も近代的なエリアである成田国際空港。世界中からアクセスされる超近代空港である。その成田空港から西にわずか10キロのところに、今から7千年前の縄文前期(ぜんき)の遺跡が眠っていた。印旛沼の北岸に近い南羽鳥中岫(みなみはとりなかのごき)遺跡である。

成田南羽鳥中岫(みなみはとりなかのごき)遺跡
北に利根川、南に印旛沼を見下ろす龍角寺台地の北端に、29軒の住居跡が検出された。この遺跡の最大の特徴は、直径35メートルの環状に展開している住居群に囲まれるように、250基もの墓穴群が出てきたことだ。多くは円形の土坑で、土器類の他に石製や土製の玦状耳飾、石匙や玉などが副葬されていた。


人頭型土製品
種々の副葬品に混じって、この人頭型土製品が出てきた。高さ15.1センチ、幅13.5センチ、首回り8センチ、中空で首の付け根に4カ所の小穴が空いていた。屈葬された被葬者の頭部があったであろう箇所から出土した。、紐を通して顔にかぶせるようにして埋めたのであろうか。


人頭型土製品の正面                  重要文化財
なんともリアルで不気味な感じだ。まさに死者の顔を映したものだろう。縄文時代の土偶は、ハート型土偶や遮光器土偶のように、浮世離れした、宇宙人のような抽象造形が多いのだが、この作品は写実的で、極めてリアルだ。なにか縄文時代とは異質なものを感じさせる。


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深鉢型土器
関東地方の縄文前期を代表する諸磯式と呼ばれる土器である。諸磯式は器の厚みは比較的薄く、平底で口縁部はラッパ型に開き、細い竹の管を2つに割って文様を描いた竹管文を特徴とする。
浅鉢型土器
諸磯式より新しいとされる浮島式土器である。赤色の彩色が施されていたらしい。貝殻で描く文様や、竹管文、爪形文、三角文などが多用される。関東地方に広がり、諸磯式と同層に出土する。


玦状耳飾り
土や石で作った玦状耳飾り。埋葬された人が愛用したものだろうか。
縄文人のピアスだという。縄文早期から少しずつ現れるが、前期になって急に数が増える。それが、中期にはほとんど出土しなくなる。縄文前期を特徴付ける遺物である。
石器
石槍、石匙ののような石器、垂飾、管玉のような装飾品も出土した。千葉県は「石無し県」といわれ地元産の石器は少ない。黒曜石は信州産、チャートやメノウは北関東産だと思われる。かなり遠方まで、互いに交流していた証拠でもある。


ちょっと寄り道

龍角寺古墳
縄文の遺跡から少し南、印旛沼の北岸に龍角寺古墳群がある。日本最大級の方墳である岩屋古墳など、大小113基の古墳が集中している。
そのうちのひとつ101号古墳は、263個の埴輪とともに復元されていて、なかなかに見事である。

房総風土記の丘資料館が併設されていて、上記の縄文遺跡や古墳群からの出土品を展示している。写真撮影は自由である。


国立歴史民俗博物館
佐倉城趾
博物館は佐倉城趾に建っている。佐倉城は土井利勝が築城し、堀田正俊の孫正亮(まさすけ)が延享3年(1746)に山形から移封されて以来、堀田家の領するところとなり明治維新まで続く。堀田家は代々老中職に補せられる名家で、佐倉は11万石の城下町であった。

一堂に会した縄文土偶
全国の縄文土偶が集まっている。レプリカだが極めて精巧な出来映えで、全国の土偶を一覧出来るのは嬉しい。この博物館は写真撮影は原則自由だ。

成田南羽鳥中岫遺跡   
印旛沼北岸の地図

縄文紀行


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