癌病棟からメリークリスマス     手術のあとさき
2005.12.22  11時入室 下剤2リットル  足の付け根の動脈から採血。痛い。
平岩弓江読了。またトイレに何度も通う。

523号室 6人部屋だ。ベッド差額は無料。 今日からここが私の城だ。

4時半から内視鏡でマーカー。麻酔が効いていて最初意識無く、途中で目覚める。なんだか黒いのが腸の中に有るから「何?」って聞いたら、墨汁だって。切除する部分の目印にするそうだ。でも、墨汁とはね。

6時半、帰室。夕食お粥、煮物、ヨーグルト。昨日の昼から久しぶりの食事。

息を吸ってボールを上げる練習10回を毎日3回するようにと。麻酔あとの呼吸の練習だって。呼吸って練習するもの?

呼吸練習機

9時消灯。熟睡。
2005.12.23 5時半起床。8時朝食。お粥、アミの佃煮、チクワ。豆腐のみそ汁。低残渣食。塩分7g。
9時40分血圧の薬アムロジン5m。

10時20分麻酔科の医師から麻酔の説明受ける。背中と全身だって。なんだか怖いな。
体温35.9。昼、お粥300g、フ、イワシのつみれ入り澄まし汁。リンゴジュース。
夕食お粥、ヨーグルト、カボチャのプリン、タラのクリーム煮。9時消灯。
1時半目覚めて読書。
2005.12.24 今朝から絶食。あまり辛くない。8時半腹部レントゲン。初めて風呂に入る。気持ちいい。
麻酔科の説明を詳しく受ける。やはり怖い。11時40分点滴開始。

点滴の針を入れる これがこれからの栄養だ。

担当ナースから説明受ける。なんだか管をたくさん入れられるらしい。いやだなあ。
次に執刀担当の佐藤医師の説明受ける。とにかく信じて任せることに。
早く元気になりたい。退院は正月明けになりそう。
今日はクリスマスイブ。夜眠れなくて困った。修行が足りないな。

不安1.執刀ミスはないか。腹腔鏡手術は難しいらしい。動脈を傷つけたら終わりだって。
不安2.麻酔から覚めるか。かなり強い全身麻酔とのこと。
不安3.輸血は大丈夫か。HIVや肝炎に感染することはないだろうか。

でも、こんな事いくら考えてもしかたがない。運を天に任せるしかない。
カミサマ、カミサマと神頼みして、しばしまどろんだ。
2005.12.25 昨日あまり眠れなかったが元気。下の毛を剃られる。カミソリではなくバリカンだった。なんだか剃るのはカミソリでとばかり思いこんでいた。若いナースだったのでちょっと恥ずかしかった。シャワー。6時半下剤飲む。8時、浣腸する。自分じゃできない。ナースを呼んで手を貸してもらう。ちょっと貧血。

フィギュアスケート女子代表決まる。村主、荒川、安藤。男子は高橋。

午前3時トイレで貧血。ナース来て車椅子で部屋へ。血圧低く過ぎてしばらく計れないと。ストレスからかなあ。5時半、車椅子でトイレへ。なんだか重病人になったみたいだ。
2005.12.26 いよいよその日が来てしまった。もう逃げられない。昨夜貧血起こしたので、今朝は血圧降下剤、浣腸は中止する。鼻から胃へ管を入れる。麻酔中の呼吸の補助だって。
8時、浴衣に着替えてベッドで手術室へ。肩と背中に注射。点滴に麻酔薬を入れるところまで意識があったが、あとはわからない。

1時終了。知らない間に終わった。意識が戻って医師とナースの笑顔が見えた。成功したんだとホッとした。病室へ戻される。最大の関門を無事通過した。
病室へ恭子、史生子来る。医長、尾形医師、佐藤医師回診。

手術直後の私
いろんな管が入って重病人みたいだ。
酸素発生装置
なんだか熱帯魚の飼育用みたいだった。

鼻から胃の中のものを外に出す胃管チューブ、背中には局所麻酔の硬膜外カテーテル、おなかには不要な廃液を外に出す腹腔内ドレーン酸素吸入点滴、そして尿を出す膀胱内ドレーンといろんな管が身体中に入っている。もっともみんな知らない間に入れたものだから、痛みも苦痛も無いが、ただ鬱陶しい。

麻酔が切れ始めたのか力が入ると痛い。でも無事に終わったので気分的には随分楽になった。ナースが1時間おきに来てくれる。最初体温が38度8分あって水枕にした。解熱剤を注入。真夜中に38度に下がる。血圧は、最初40ー110しかなかった。次第に上がる。
2005.12.27 体温36度3分、血圧72ー124。正常値に戻る。採血。
佐藤医師来る。8時45分鼻から胃管チュウブ抜く。酸素吸入も外す。楽になった。
10時ベッドで寝たままでレントゲン撮影。

10時半、膀胱内ドレーン外す。ちょっといやな感じ。ナース山下さんに身体拭いてもらい、下着とゆかたを替える。座ったり立ったりしたけど、少し我慢すれば出来た。佐藤医師来る。血液検査、レントゲン検査で術後の経過見たが巧くいったって。ひと安心。

シビンで排尿しようとするが出ない。小水出ないと尿管にまた管入れるって言われたけど出ない。山下さんにつかまって歩行練習。彼女が天使に見えた。トイレに行ったら小水出た。ほっとした。体温37度8分。熱っぽい。佐藤医師来る。心配ないって。トイレだと出るのにシビンだと出ない。3時過ぎ初便通。これで第3関門通過だ。
2005.12.28 体温37度2分、血圧74ー120。佐藤医師回診。

浴衣とブリーフを病院内のコンビニに買いに行く。ちょっとした冒険だ。11時、会社の産業医の岡医師見舞いに来てくれた。巧く行ったと。良かった。

病院内のコンビニ
朝、7時半から営業している。
新聞からカップ麺まで
何でも売っている。便利だ。

ベッド交換。電動式で快適だ。立ったり座ったりで力が入ると痛いので助かる。
会社に電話、無事を伝える。点滴の管入れ替える。右腕がはれちゃった。佐藤医師回診。
傷口が痛くなってきた。痛み止めが切れたらしい。でもナースによれば今夜が山だって。頑張ろう。今夜のナースは谷地智美君。青森出身だって。若くてきれいで優しい。
2005.12.29 一晩寝たら痛みがちょっと楽になった。採尿。久しぶりに歯を磨き顔を洗う。

体温36度。レントゲン室へ歩いていってレントゲン撮影。帰ってきたら佐藤医師。おなかの腹腔内ドレーンと背中の硬膜外カテーテルを抜く。なんだか身体が軽くなった気分。

浴衣着替える。点滴の針が入りにくい。三回目にやっと入る。痛い。初めておもゆ。牛乳、ジュース。ゆっくり食べたが牛乳とジュースは半分残す。夕食もおもゆ、コーンポタージュ。牛乳。11時便通。海中遊泳の夢見る。4時頃からテレビでコロンボ見る。

手術後初めての食事
24日から食べてないので6日ぶりだ。
2005.12.30 体温35度8分。朝、おもゆ。牛乳。9時頃点滴を外す。なんだか、ものすごくいい気分。

パジャマに着替える。尾形医師、佐藤医師回診。佐藤医師5日には退院出来そうだと。
昼、3分粥、鮭、豆腐、ジュース。友人の吉田、杉浦、先輩の清水氏に電話。

立川談志のテレビ。昭和の寄席を彩った芸人を紹介。さすがに達者なもんだ。
夕食3分粥、パスタ、シジミ汁。煮物。牛乳、ジュース。
NHKBS2で寅さん特集。久しぶりに倍賞知恵子。ふけたなあ。
2005.12.31 今日は大晦日。体温36度2分。血圧70ー128。朝、3分粥、みそ汁、梅干し、ニンジンの煮物。牛乳。傷の消毒。恭子、史生子来る。
昼、5分粥、豆腐、コーンスープ、ポテトサラダ。ジュース。恭子に頭を洗ってもらう。
佐藤医師、抜糸2日ぐらいかと。1時半二人帰る。血圧の薬飲み始める。3時頃まで寝る。

同室のIさんと話す。クモ膜下出血で手術。奇跡的に後遺症無く全治。次に胸で入院して、もう4カ月も入院してるって。今日家へ帰りたいと頑張る。家族が病院にいなさいと説得している。医師は一時帰宅OKしてるのに、なんだかかわいそう。結局家族が折れて、一時帰宅。

この病棟は14人が年越しだって。普段は30人なのに、みんな正月は家で迎えたいんだね。ナース達もちょっとくつろいでいる。BSで久しぶりのやすきよ。面白い。
夕食、5分粥。みそ汁、煮物、いわし。フルーツ、ヨーグルト。体温36度。血圧70ー123。

8時過ぎ大晦日に宿直になった、不幸な佐藤医師とナース達と一緒に記念撮影。

私の主治医佐藤先生とナース達 大晦日に宿直の可哀想なナース達

ということで、紅白も見ずに寝てしまった。こうして私の2005年は暮れたのである。


教訓その2  すがるお題目を決めなさい!!

私は特に意気地がないのかもしれない。とにかく手術の前は不安が一杯。平常心でいろと言うのが無理。
なんでもいいからすがるものが有るといい。ナンマイダでもアーメンでもいいから、心にお題目を唱えると、少し楽になる。私は、ナンマイダはジジくさいな(充分ジジなのに)、南無妙法蓮華経は長過ぎる、アーメンなんて縁がないし、迷った末に銀座のママの口癖の「カミサマ、カミサマ」に決めた。これなら仏もキリストも八百万の神も、力を貸してくれるだろうと思った。ベッドで手術室へ運ばれながら「カミサマ、カミサマ」と念じていたら、楽になった。

教訓その3   シビンでダメならトイレへ行ってみな!!

手術後は小水が出るか、便通があるかが大変重要だ。私のように気が弱いと、シビンではどうしても小水が出ない。尿意はあるのに出ない。そんな時は、痛みをおしてでもトイレに行くことをお勧めする。不思議とトイレだと出るもんだ。人間の精神活動の不思議を感じる。

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癌病棟から謹賀新年(病院で迎えた正月)