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| プアマンズ ライカ AkaretteU Futura S Argus C44 Minolta A2-L Olympus-Ace Altix-n |
| Canon P Zorki-1 Super PaxetteUL |
| 世にプアマンズ ライカと呼ばれる一群のカメラがある。ライカには憧れるけれど、ライカは高くて買えない。そういう一般庶民のために、彼等にも十分手が届く値段で、せめてライカの感触を味わってもらおうと登場した心優しいカメラ達なのだ。 だから、高級なフォーカルプレーンシャッターは搭載出来ない。普及型のレンズシャッターで我慢する。それでも、ライカであるためには、レンズは交換出来るようにしたい。出来れば距離計も連動したい。そしてなによりも気品が無くてはならない。決して安物ではいけないのだ。 そんな涙ぐましいカメラ達を紹介していこう。ただ、当時は庶民的な価格だったが、現在は市場価格が上がって、ライカより高価になってしまったカメラもある。そういうカメラにはご遠慮願った。有り体に言えば、高くて買えないだけなのだが。 |
| ミノルタ A2−L (1958年) | |||||||
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| Minolta A2-L+Rokkor 45mm F2.8 & Rokkor 100mm F4.5 | |||||||
亡くなった義兄が残したカメラ。珍しいレンズ交換式のミノルタA2−Lである。1955年発売のミノルタA2を、レンズ交換式にしたモデルで、100mm望遠レンズとのセットでしか販売されなかった。1958年の発売で、希望すればA2を改造してくれたらしい。中古市場ではほとんど見かけない非常にレアなカメラである。義兄がなんでこのようなカメラを所持していたのか、今となっては知るよしもない。
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| シンクロ接点の下に不思議なピンが出ている。標準レンズを付けている時は、なんのためのピンなのかさっぱりわからない。100mmレンズを見ると謎が解けた。100mmレンズを付ける時のガイドピンなのだ。これによってボディー側のヘリコイドと、交換した100mmレンズがリンクして、距離計が連動するわけだ。面白いアイデアである。 このカメラのファインダーは、45mmと100mmのブライトフレームがくっきりと浮かび、非常に見やすい。シャッターダイヤルが縦のダイヤルになっているのも、面白い。ミノルタはこのカメラをどういう意図で作ったのだろう。わずか1年で、ごく普通のA3型を発売して、このモデルをカタログから消してしまった。 |
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| 泉岳寺山門 | 義士の墓 | ||||||
| 標準の45mmをつけて、師走の泉岳寺へ詣でた。討ち入りの日とあって参詣者が絶えない。実際は旧暦だから、1月になってからであるが、やはり師走でないと義士祭らしくないのだ。 |
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| 柳森神社のネコ1 | 柳森神社のネコ2 | ||||||
| 秋葉原の柳森神社のネコ。ネコ好きの我が娘を入れてパチリ。電気街から外れた裏通りに、ひっそりとある稲荷社だが、新橋の烏森神社、日本橋の椙森神社と並んで、往年は江戸三森稲荷のひとつであったとか。道理でネコも気位が高い。この神社は狐ではなく狸がお守りしている。「たぬき=他を抜く」と掛けて、出世の神様として名高い。 |
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| 今度は100mmのロッコールに付け替えて、中山法華経寺へ。 | |||||||
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| 参道のメリークリスマス | 中山大仏 | ||||||
| このレンズも素晴らしい。さすがにピント合わせが難しく、半数以上はピンぼけだったが、ピンがきっちり来ているショットもあるので、これは腕のせいだろう。私の愛用のカメラになりそうな予感がする。 |
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| オリンパス エース (1958年) | |||||||
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| Olympus Ace+E.Zuiko 45mm F2.8 | |||||||
| このカメラもレンズシャッターでレンズ交換が出来る。45mm標準レンズの他、35mm広角と、80mmの望遠レンズが用意された。明るいファインダーに3種のブライトフレームが浮かぶ。シャッターはコパルSVで、1秒から倍数系列で1/500秒まで切れる。 |
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| レンズ鏡胴側面の小さなピンを押しながら、時計方向に回すとレンズが外れる。ピンが小さすぎて、操作しやすいとは言えない。また、ヘリコイドを回して距離を合わせると、絞りリングまで回ってしまい、絞りの操作が大変やりにくい。明るいファインダーは上等だが、使い勝手に少し難があるカメラである。 |
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| 春爛漫 | 新宿御苑にて | ||||||
| ズイコーレンズの描写は、評判通り素晴らしい。発色が素直だし、シャープさも悪くない。ただ、距離を合わせると絞りリングを誤って回しがちで、慣れるまで苦労した。望遠や広角レンズも試したかったが、市場にはほとんど出回らない。 |
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| 春の公園 | 名残の桜 | ||||||
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| サザンカ | キャノン | ||||||
| スーパー パクセッテ UL (1958年) | |||||||
三代のスーパーパクセッテ |
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| ドイツのカール・ブラウン社のパクセッテシリーズは、レンズ交換が出来ないT型、レンズ交換が出来るU型に別れ、さらに露出計が付くとB、ファインダーにブライトフレームが入るとLが加わる。さらに距離計が連動するとスーパーになる。レンズ交換の出来るU型は、マウント部に大きな4本の角があるので簡単に見分けられる。これは重い交換レンズをしっかりホールドする補強材なのである。 ブラウン社というと日本では電気シェーバーでおなじみだが、こちらのブラウン社はまったく関係のない別の会社である。レンズはStaeble-WerkのKatagon、シュタインハイルのCassarit、シュナイダー・クロイツナッハのXenarなど35mmから135mmまで各種供給された。 |
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| Super Paxette UL+Katagon 50mm F2.8 | |||||||
| 非常にコンパクトで精密感のあるカメラである。39mmのスクリューマウントだが、フランジバックが44mmもあって、28.8mmのライカとは互換性がないのが残念だ。 |
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| ノラ | 日比谷公園 | ||||||
| 距離計は2重像合致式だ。プロンターシャッターは300までしかない普及型だが、大変軽快で、手ぶれしやすいコンパクトボディーには、ぴったりのシャッターだ。ただ、レリーズボタンがレンズマウント部に付いているので、慣れないと戸惑うことになる。 |
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| 都会のアガパンサス | ある日の東京駅 | ||||||
| 2012年6月は歌舞伎座も東京駅も完成間近だ。歌舞伎座前にはアガパンサスが満開だった。東京駅は夕日に照らされて赤煉瓦が美しく映えていた。 このカメラの最大の難点は巻き戻しだ。レバーで巻き戻すというメカニズムは、非常に珍しく面白いのだが、巻き戻しボタンを押しながら、ジーコジーコと50回以上レバーを操作するのは、かなりの苦痛を伴う。 その巻き上げレバーの下に小窓が開いていて、巻き上げや巻き戻し時に、フィルムの動きが目視出来るのは安心感がある。 |
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| Super Paxette UL+Telexon 135mm F3.8 | |||||||
| 望遠レンズを付けてみた。どう見ても内蔵距離計の基線長は短く、135mmは無理だろうと思っていたら、このレンズは距離計に連動しないのだった。仕方がないから、外付けの距離計で測り、レンズのヘリコイドを合わせて撮影してみた。手持ち撮影なので案の定、ピンぼけのオンパレードになった。実用的ではないなあ。 |
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| 大賀ハス | 大賀ハスを撮る人 | ||||||
| 多少見られるものを載せてみる。三脚を立てて、じっくり狙えば撮影は可能だろうが、それでも135mmはかなりきついなあ。 |
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| 中山大仏 | ベランダから | ||||||
| 無限遠はまあまあの描写だ。シャープとは言えないが、望遠らしさを味わうには十分だ。 |
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| アルティックス−n (1959年) | |||||||
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| Altix-n+Tessar 50mm F2.8 | |||||||
| これもドイツ製である。東独ドレスデンのAltissa社が1959年に発売した。アルティックスの最初のモデルは、1939年のT型に始まるが、1952年にレンズ交換を可能にしたVa型を発売する。1958年にはファインダーを大型化し、巻き上げをレバーにしたAltix-nに進化し、1959年にファインダーをブライトフレーム入りとした写真のモデルに到達する。 一時は年間20万台も作られたというが、日本にはほとんど輸入されておらず、非常に珍しいカメラである。レンズはツァイスのテッサーだから馬鹿には出来ない。作りも丁寧だし、ファインダーも50mmと90mmのブライトフレームが浮き上がる見やすいものだ。 |
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| レンズ交換はボディー側のリングを回して着脱するスピゴットマウントで、レンズ側の突点を、カメラ側に合わせてリングを閉める。レンズはカールツァイスのテッサー50mmが標準だが、プリマゴン35mmやテレフォガー90mmなどが用意された。 裏蓋の脱着は変わっていて、底面中央の黒いリングを回して、後ろに引き抜く。巻き戻しは巻き戻しボタンを押しながら、巻き戻しノブを少し引き上げて回す。 |
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| ハゼの紅葉 | 六義園にて | ||||||
| ハゼの紅葉が見頃になった六義園で、アルティックスのテッサーを試写した。テッサーにしては少し甘いかなあ。カミソリにたとえられるテッサー本来のキレが感じられない。 |
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| サクラの紅葉 | 新宿御苑にて | ||||||
| 丁寧にピントを合わせると、それなりの描写をする。ただ、シャッターが1/250までしかないので、ピーカンだと16に絞っても露出オーバーになってしまう。フィルムが高感度になっている現代では、NDフィルターは必需品なのかもしれない。 |
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| 銀杏1 | 銀杏2 | ||||||
| 今年(2011)は震災や洪水があって異常気象の年だったが、紅葉も非常に遅い。11月の末になってもカエデは未だ緑のまま、銀杏が辛うじて色づき始めてきた。 |
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| キャノン P (1959年) | |||||||||||||||||
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| Canon P+Canon 50mm F1.8 |
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| ライカを懸命に追いかけていたキャノンが、文字通りプアマンに向けて発売した大衆向け高級機である。型式もポピュレールのPをつけ、自社の高級機キャノンYTの半額で売り出したので、単一機種10万台という大ヒットととなった。 「成功の罠」というビジネス用語があるが、キャノンPはよくこの言葉の喩えに出てくる。1959年は、日本光学がレンジファインダーを諦めて、本格派一眼レフのニコンFを発売した年である。キャノンはP型の成功によって、7型、7S型とレンジファインダー機に固執し、一眼レフへの転換が遅れた。その結果、プロ用一眼レフの分野で、ニコンの独走を許してしまう。成功の罠にはまった典型なのである。 人気機種で大量に販売されたから、中古市場では可哀想なくらい安い。このカメラもジャンクコーナーに並んでいたのを、救い出してきた。一軸不回転のダイヤルには、1秒から1/1000秒まで等間隔に並んでいて、非常に使いやすい。ファインダーも35mm視野の広くてクリアーな等倍ファインダーで、50mm、100mmのブライトフレームが浮かぶ。 ただ、極薄のステンレス製シャッター膜にシワが寄っているので、ジャンクコーナーに置かれていたのだ。これはキャノンL1型以降の共通の欠陥で、それが中古価格を引き下げている。見栄えは悪いけれども、撮影に支障があるわけではない。
ロシアのジュピター3 50mm F1.5 というレンズを付けて、中山法華経寺へ桜を撮りに出かけた。ツァイスのゾナーのコピーだと言われているレンズだ。プアマンズライカとプアマンズゾナーの組み合わせである。 |
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| 春の子供1 | 春の子供2 | ||||||||||||||||
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| 五重塔 | 満開の桜 | ||||||||||||||||
| ゾルキー−1 (1949年) | |||||||||||||||||
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| Zorki-1+Industar-22 F3.5 |
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| プアマンズライカの最後に登場するのは、究極のプアマンズライカ、旧ソ連製のゾルキー1型である。このモデルだけで、なんと80万台という途方もない生産台数を記録した。 第2次大戦後、イギリス、アメリカ、日本などでライカそっくりのコピーライカが作られたが、その中でこのゾルキーは、桁外れの生産台数を記録した。1932年にウクライナのFEDが開発したコピーライカをルーツとするが、FEDが主として国内用だったのに対して、ゾルキーは輸出用だったらしく、精度も品質もレベルが一段高いように思われる。 スローシャッターがついていないライカDU型の完全コピーで、レンズはインダスター22という沈胴式レンズだ。ライツのエルマーにそっくりだが、テッサータイプのレンズだという。 |
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| 春の新宿御苑 | 満開の鬱金 | ||||||||||||||||
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| ご機嫌斜め | 日本大好き | ||||||||||||||||
| クラシックカメラの物語 |