ライカと言えばバルナックライカであり、M型ライカであり、そして少し影が薄いがライカフレックスが嫡流のライカである。それらの由緒正しいライカに比べると、このCLは傍流である。非嫡出子のようになんとなく阻害されている。カメラ屋のショーウインドウに並んでいても、いつも淋しげで孤独感にあふれている。
ボディーの底蓋に目立たないが小さく刻印がある。MFD.IN JAPAN FOR LEITZ WETZLAR と。日本のミノルタ製である。といってもデザイン、設計はライツ本社であるし、レンズもあのズミクロン40mmだ。
1970年、ライツは計画していたライカM5のコンパクト版の生産拠点を求めて、機械技術のフランツ・バウワーと、光学技術のハインリッチを日本に送り込んだ。日本の技術水準を確かめるためであった。答えは「YES」だった。ライツ本社と遜色ない工作機械と、それを操るレベルの高い作業員に、二人は感動して帰国した。翌1971年、ライツとミノルタは技術提携し、1973年、日本製のライカが発売された。ライカCLの誕生である。
シャッターはライツ設計部のローゼリースが開発した縦走りのギロチンシャッターで、M5で採用したTTL測光の露出計を、CL用に設計しなおして内蔵した。1971年に発売されたライカM5は大きすぎると不評で、生産台数は3万台であったが、このCLはコンパクトで大好評を博した。一時は生産が追いつかないほどの人気で、ミノルタでは1975年までの3年間に65,000台を生産し、ライツに供給したという。
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