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| 日の丸コンタックス RTSU 139Q 137MD 137MA |
1972年、世界最大で最高の技術を誇ったツアイス・イコンが、カメラの生産を止めてしまった。親会社のカール・ツアイスは、自社の高級レンズを生かせるカメラの生産委託先を求めて、世界中のカメラメーカーを調査していた。最初に候補に挙がったのは、ペンタックスであった。しかし、ペンタックスは自社ブランドとの競合を恐れて、ツアイスとの提携を断ってしまう。 カール・ツアイスはヤシカに目を付けた。当時ヤシカは積極的に海外市場を開拓していた。ツアイスは特にヤシカのエレクトロ技術、傘下の富岡光学のレンズ技術を高く評価していた。1973年7月、ハンブルグにあったヤシカの現地法人Yashica Europe GmbHに、ツアイスから提携の打診があると、ヤシカの意志決定は早く、翌74年フォトキナでの発表を目標に、コンタックス再生のプロジェクトが開始された。 カメラの基本設計とレンズの設計はツアイス、ボディーデザインはポルシェ、エレクトロニクス技術と生産はヤシカが担当した。フォトキナで発表されたコンタックスRTSは、世界初の1/2000秒までの無段階電子制御フォーカルプレーンシャッター、SPDによるTTL絞り優先AE、シャッター速度はファインダー内のLEDで表示されるなど、日本の誇る最先端のエレクトロ技術を採用していた。カール・ツアイスからはプラナー、ディスタゴン、テッサー、ゾナーなどの高級レンズが供給されたほか、富岡光学にツアイスが技術指導してOEM提供されたツアイスT*レンズが豊富に供給された。 以後、30年にわたって日の丸コンタックスは、世界中のカメラマニアを魅了してきた。「ヤシカのコンタックスは増殖する。」と言われている。確かに一度その魅力に取り憑かれてしまうと、瞬く間にコレクションが増えてしまうのである。ヤシカ製コンタックスの評価は、西高東低である。欧米の市場では非常に高く評価されていて、市場価格が500ドルを切ることはほとんどない。ところが、日本ではヤシカの普及版イメージに引きずられて、1万円を下回る価格で出回ることがある。ヤシカ製コンタックスが増殖する理由である。 ツアイス・イコン製のコンタックスは「Contax」と表示されるが、ヤシカ製コンタックスは「CONTAX」と表示される。また、富岡光学製レンズは、鏡胴にmade in Japanの刻印がある。 |
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| クラシックカメラの物語 |