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個性の英国カメラ Periflex Advocate Agimatic

イギリスは世界最初に産業革命を起こし、世界の海に君臨した工業大国である。ゼラチン写真乾板を発明し、手持ち撮影を可能にしたのは、イギリス人のリチャード・マドックスであった。カメラが爆発的に普及する土台は、イギリス人によって作られたのだ。だから写真工業の初期では、イギリスはカメラ大国でもあった。腕の良い家具職人が、マホガニーやチーク材で丁寧に作った1900年代のイギリス製乾板カメラは、見事な工芸品であり、素晴らしい美術品だとも言える。

Sanderson De Luxe

カメラの黎明期に世界をリードしていたイギリスのカメラ産業は、1920年代からの小型化の波に乗り遅れ、次第に影が薄くなっていく。しかし第2次大戦後、いくつかの極めて個性的なカメラが作られた。その代表例を紹介してみよう。


ペリフレックス 1

ペリフレックスはイギリスCorfield社製の不思議なカメラである。まるで潜望鏡(ペリスコープ)のような仕掛けで、ピントを合わせる。上から覗いてピントを合わせ、目をファインダーに移して撮影する。手持ちでは間違いなくピントが狂う。大変使いにくいカメラだ。

しかし、このカメラは写真写りがすごく良い。なんともカッコイイのだ。コレクターの購買意欲をかき立てる秀逸なデザインである。

Periflex 1 潜望鏡のミラー

国際オークションeBayで衝動的に落札していた。ミラーによるピント合わせは諦めて、絞りを絞って無限遠を狙った。なかなか秀逸な写りだ。もともと、戦争に徴用されたライカの代わりに作られたカメラだから、ライカマウントのレンズが使えるのは嬉しい。

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東京駅 歩行者天国


アドボケイト

個性派揃いのイギリスカメラだが、その中でも群を抜いて異彩を放っているのが、イルフォード社が1949年に世に送ったアドボケイトであろう。軽合金ダイキャストのボディーを、華麗な乳白色のエナメル塗装で装って、強烈な個性を主張している。

イギリス初の35mm判レンズシャッターカメラであり、おそらく世界で初めて35mm広角レンズを搭載した画期的なカメラであった。ちなみに日本のオリンパスワイドの発売は、それから6年後の1955年のことである。

強烈な個性を強調するために、アドボケイトの写真はちょっと艶っぽく撮ってみた。

ADVOCATE + DALLMEYER 35mm F3.5

このカメラの魅力は美しい塗装だけではない。レンズがあのダルメイヤーなのだ。ダルメイヤーは世界最古のカメラ用レンズメーカーのひとつで、坂本龍馬の写真を撮った長崎の写真師、上野彦馬のカメラに付いていたレンズが、このダルメーヤーであったという。伝説のレンズの味がどんなものか、撮る前から胸がときめくのである。

シャッターはフィルムを巻き上げるとチャージされ、ボディー上部のシャッターらしからぬレバーを右に引くと作動する。1/200までしかないいささか頼りないシャッターだ。

裏蓋はヒンジがワイヤーで繋がっていて、右側の金具を爪で開けると簡単に開く。光線漏れが心配になるぐらいのシンプルさだ。裏蓋を開けると中の構造が丸見えで、右には巻き上げギヤと、シャッターチャージのギヤが噛み合って連動しているのが見える。巻き戻す時は巻き上げノブを押し込み、このギヤを下に押し下げて、フリーにしてから巻き戻す。この仕組みが実際に目で見えるところが面白い。

フィルムカウンターは巻き上げノブと一体になっていて、単独では回らない。フィルムをセットしたら裏蓋を閉めて、巻き上げノブを押し込みながら回して、スタートにセットする。

左の巻き戻しノブは、なんと手前に回転してパトローネをセットしやすくしている。他のカメラでは見たことがない親切な仕掛けだ。

手前に回転する巻き戻しノブ
パトローネのセットがしやすい
シャッターチャージギヤと巻き上げギヤ
巻き上げノブを下に押すとギヤが離れる

シャッターの仕組みも変わっていて、2重の金属板が作動する。シャッターレバーを引くと、まず遮蔽板が開き、次にシャッターが切れる。レバーを戻すと遮蔽板が閉じる。巻き上げると遮蔽板の前のシャッターがチャージされる。どうもこの機構が複雑で故障が多いらしい。私の手元にきたアドボケイトも、シャッターがすぐに壊れた。

浅草の有名なHカメラに持ち込んだら、修理代が3万円だという。ウーンとしばし考えて、帰りに錦糸町のヒカリカメラで相談したら、なんと1万円ですんだ。修理代も店のブランドがものをいうのかなあ。

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1週間の入院で回復したアドボケイトを持って、さっそく師走の町へ飛び出した。
東京スカイツリー 529M 東京タワー 333M
新旧の東京のシンボルタワー。さすがダルメイヤーの広角レンズだ。シャープでダイナミックな描写である。

巣鴨にて1 巣鴨にて2
町の表情が生き生きとして、立体的に浮かび上がる。これは楽しいカメラだ。

築地の歳末1 築地の歳末2
スナップは広角レンズだから、たいへん撮りやすい。それにカメラという感じがしないのであろうか、警戒感を抱かせないようで,自然な表情が撮れる。

築地本願寺 船橋から見た富士
夕日の雰囲気も良く出ている。このレンズは間違いなく上質なレンズだ。残念ながら当時のイギリスはシャッターのレベルが低く、ドイツのコンパーや日本のコパル、セイコーなどに後れをとっていた。アドボケイトは優秀なレンズにシャッターが追いつかず、カメラとしてのバランスは良いとは言えない。


アジマティック

アジマティックというカメラは、非常に小さい。手のひらにちょこんと乗ってしまうほどの大きさ、これで35mmフルサイズなのだから驚きだ。1956年、AGILUXという軍需企業が作った民生用商品である。ドイツのフォクトレンダー ビトーBによく似ているが、中身はだいぶ違う。

カメラの個性もこのアジマティックになると半端ではない。技術者が遊んでいるとしか思えないほど、意表を突く仕掛けがてんこ盛りなのだ。それが、手のひらサイズの小さなカメラに詰め込まれているのだから、まるで寄せ木細工のカラクリ箱を開くような、面白さがある。

Agimatic+Agilux 45mm F2.8

カラクリの謎解き

フィルム装填

これはそう特別ではない。ライカCLのように裏蓋をボディーから引き抜く方式だ。カメラ裏側の底蓋の開閉スライドを左に寄せて、力まかせに引っ張ると引き抜ける。開閉スライドにはなんの表示も無いので、最初は戸惑ってしまう。

裏蓋着脱式のフィルム装填

裏蓋を引き抜き、フィルム押さえを開けると、フィルムゲートの中央にスプロケットギアがある。こんな所にギアがあるのは珍しい。フィルムを入れたらスプロケットの孔をギヤに噛ませ、フィルム押さえを閉める。これは確実な方法で作業もしやすく安心だ。

裏蓋を嵌める前にボディー前面下のギヤで、フィルムカウンターをスタートマーク◆にしておく。カウンターは前面中央の露出計窓の下に、逆さまに表示される。上から見やすいようにとの配慮なのだそうだ。このあたりはドイツのビトーBの仕組みとよく似ている。ただ、裏蓋を嵌めてしまうとギヤが中に入ってしまうので、必ず嵌める前にカウンターを合わせておく。ギヤが外側に出て、あとからでもカウンターを操作出来るビトーBとは、少し違うので要注意だ。

スプロケットギア フィルム装填 カウンター19
カウンターギヤ

距離計と露出計
距離計は普通の2重像合致式だ。ただし、レンズとは連動していない。アクセサリーシューの右にある小さなギヤで2重像を合わせたら数値を読み取り、レンズの前玉を回してその数値をセットするのだ。

露出計は電気式ではない。光学式だ。露出計用の黒枠の窓を覗いて、一番暗く見える数字を軍艦右の露出ギヤを回し換算表に入れて、シャッターと絞りの値を読むのだ。これも私にとって初体験だ。感度表示がARITHとLOGとあるが、何を表しているのだろうか。私は勝手にISOとDINに読み替えて使っているが、露出数値はそれで正しいのだろうか。

軍艦上部 距離計と露出計 距離と露出ギヤ 露出換算表

巻き上げ、巻き戻しの仕掛け
巻き上げはボディー前面のレバーで行う。一度押し下げるとフィルムが巻かれ、シャッターがチャージされる。もう一度押すとシャッターが切れる。レンズ鏡胴についたレバーでフィルムを巻き上げる方式は、日本のコニカⅢやドイツのテナックス、タクソナなどにも見られ、それほど珍しい機構ではない。しかし、同じレバーでシャッターも切るというのは、ツアイスイコンのイコネッテとこのアジマチックだけで、たいへん珍しい。

フィルムを巻き上げて、シャッターがチャージされると、鏡胴上部に赤い丸印が現れる。物忘れが激しい老人には、これが意外に役に立つのだ。

変わっているのは巻き戻しだ。巻き戻しボタンがないのだ。いつでも巻き戻せる。ただ、巻き戻しレバーがファインダーの接眼部に重なっているので、うっかりして巻き戻すということは無いのだろう。人の心理を読んで巻き戻しロックを省略した頭脳的なメカである。

巻き上げとシャッター チャージ赤印 ファインダー接眼部 巻き戻しレバー

レンズ交換
レンズの右下に小さなレバーがある。何だろうといじっていたら、レンズがパカッと外れた。びっくりした。こんな小さなカメラでレンズ交換が出来るらしい。調べたら標準の45mmのほかに、85mmレンズが用意されているらしい。これには驚いた。

ファインダー横のレバーで視野を切り替える。誰でも気がつく単純なメカだが、大真面目で商品に採用したのは、このカメラの他には無いのではないだろうか。

レンズ交換用レバー レンズを外したマウント レンズセットのピン 85mm用ファインダー

レンズは右下の小さなレバーを上に引くと、簡単にはずれる。はめる時はボディー側の小さなピンに、レンズ側の孔を合わせて、先ほどのレバーを上に引くと、カチッとはまる。この仕組みも独創的である。

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若い時 スカイツリー529M 亀戸天神にて

さて実際に写してみよう。巻き上げとシャッターは快調だ。巻き上げるとチャージ完了の赤い印が出るのは、意外に助かる。これが出ないとチャージしたかどうか、忘れてしまうのだ。

逆に光学式露出計は私には使えなかった。明るいところだと瞳孔が閉じているから、露出計を覗いても何も見えない。少し慣れてくると数字が浮かび上がってくるが、まだろっこしくて勘で決めた方がストレスが無い。

児童公園で 雷門

スナップには最適なカメラだ。レバー巻き上げとシャッターレリーズが同じレバーというのは、非常に撮りやすい。リズムが良いのだ。

師走のアメ横にて1 師走のアメ横にて2

距離計も慣れれば使える。2重像がクリアーで合わせやすい。いちいちレンズに数値を移すのはめんどうだが、慣れればうまくいくはずだ。

クラシックカメラの物語