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| アメリカのカメラ事情 ArgusC3 ArgusA3 Kodak Signet35 Perfex55 |
アメリカ人は、無から何かを作り出すことに卓越した能力を発揮する。例えば電気、飛行機、映画、テレビ、コンピューター、ナイロン、ジャズ、ロックンロール、そして写真の世界では、 イーストマンコダックの写真用フィルム。生活のあらゆる分野で、アメリカ人の発想による文化が、世界の人類を豊かにしてきた。
アメリカはまた、世界最大のカメラ消費国である。ライカもコンタックスも、キャノンもニコンも、アメリカが最大のお得意様であった。ところが不思議なことに、アメリカのカメラメーカーはいたって影が薄い。スピードグラフィックのグラフレックス社、 ラジオメーカーから転身したアーガス社など数社の名前が挙がるだけで、あとは映画の撮影機に特化していたベル&ハウエル社、フィルムメーカーのイーストマン・コダック社のカメラがあるぐらいである。 グラフレックス社は報道写真向けに特化していたから、市民向けカメラでは、アーガスとコダックが熱い戦いを続けてきた。それも、高級カメラ市場はドイツと日本に任せっきりで、 もっぱら庶民向けの普及カメラで覇権を争ってきた。そのアーガスとコダックの代表的モデルを手に入れたので、撮り比べをしてみようと思う。 |
| アーガス A3 |
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| Argus A3+Anastigmat 50mm F4 | |
1940年 C3が大人気を博している中で、突如登場した似ても似つかぬアーガスA3。同じ会社から、これだけ個性の異なる、しかも強烈な存在感を示すモデルが2つ同時に販売されるということが、アメリカ人の摩訶不思議なところだ。 大量生産時代に芸術の香りを付加しようという、いわゆるアール・デコ調のボディースタイルは、四角四面のごついC3とは反対に、優美な曲線で構成されている。 距離計連動のように見えるが、距離計は無い。左の細長い窓は光学式の露出計だ。明るさが変化する窓に現れる数字を読み取って、露出を決めるのだが、とても使いにくい代物で実用的とは言いがたい。 距離ヘリコイドを動かすとレンズが飛び出す沈胴式で、ちょっとびっくりする。軍艦上のシャッターのように見える突起は、ロック解除ボタンで、この突起を押して巻き上げると、1枚分巻き上げたところでロックされ、ボディー前面のスローシャッターのように見えるカウンターが1枚分進む。巻き戻しも同じボタンでロックを解除する。 シャッターはレンズに付いていて、いつでも切れてしまうエバーシャッターだ。T,B,1/25から1/150までの簡単なシャッターである。 |
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| 初夏の日比谷公園 | |
必要最小限の機構しか付いていない初心者用のカメラだが、写りは悪くない。というよりびっくりするほど良く写る。 |
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| 日比谷公園 | 煉瓦亭 |
初夏の日比谷公園は、新緑がきれいで、写真を撮るには良い季節だ。帰りに煉瓦亭によってポークカツレツを食べた。旨かった。 |
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| パーフェックス 55 (1940年) |
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| Perfex fifty five+Scienar 50mm F2.8 | ||||||||||||||||||||
| アメリカを代表する大衆機のアーガスとコダックを横目で睨みながら、独自路線を採ろうとしたメーカーがあった。1938年創業のキャンディッドカメラ社(Candid
Camera)である。1938年に最初のパーフェックスを発売する。ベークライトボディーにフォーカルプレーンシャッターを搭載し、レンズ交換が出来るカメラだった。 1939年にはパーフェックス44、1940年にはパーフェックス33と矢継ぎ早にシリーズを充実させ、さらに同年に写真の55を投入する。フォーカルプレーンシャッターはB、1、2、5、10、25、50、100、200、500、1250という本格派だった。距離計の基線長は85mmもあり、光学式の露出計を内蔵するというアメリカ製にしては大変贅沢な仕様であった。 デザインが非常に美しいので、前から気になっていた。ヤフオクに登場したので思い切って落札してみた。アーガスやコダックに押されて、あまり売れなかったらしく市場にはあまり出回らない。 |
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| アメリカ製の高級機 |
アメリカはもちろん高級機も生産したことがある。コダックのエクトラ、ベルハウエルのフォトンなどがその例だが、いずれも市場では不人気で大失敗に終わっている。マーケティングの先進国であり、技術的にも世界最高レベルにある国なのに、敗戦国のドイツや日本に、どうしてもかなわないというところが不思議である。
Kodak Ektraは1941年の発売で、距離計の有効基線長168mm、パララックス自動補正のついた変倍ファインダー、レバー巻き上げ、クランク巻き戻し、フィルムをマガジンごと交換出来るなど、ライカM3も顔負けの高機能機であった。さらに35mmから153mmまで揃えたエクターレンズ群。重量も1kgを超える超重量級である。発売価格は304ドルと、ライカの約3倍と超弩級であったようで、さすがのアメリカ人も手が出しにくく、1948年までに2,490台が生産されただけであった。 Fotonは映写機の老舗ベル・ハウエル社が1948年に発売した。茶色の革張りのボディーが印象的。スプリングモーター内蔵で15枚の連続撮影が出来た。さらに1秒に6枚の速写が可能であったという。発売当時は700ドルで販売され、すぐに498ドルに値下げされた。16,900台が作られたが高額なのと、スプリングモーター内蔵のため、大きく、重く、さらに故障が多くて、短期間で姿を消した。 ちなみにエクトラもフォトンもたいへん希少なモデルで、中古市場にはほとんど出回らない。たまに出品されても2,000ドル近い高額で取引されている。 (上の価格は2010年10月のeBay) |
| クラシックカメラの物語 |