ソ連の記憶 ドイツの名機 粋なフランスカメラ 米国のカメラ事情
デザインのイタリア 珍しいチェコのカメラ 謎の中国製カメラ 個性の英国カメラ

アメリカのカメラ事情  ArgusC3 ArgusA3 Kodak Signet35  Perfex55

アメリカ人は、無から何かを作り出すことに卓越した能力を発揮する。例えば電気、飛行機、映画、テレビ、コンピューター、ナイロン、ジャズ、ロックンロール、そして写真の世界では、 イーストマンコダックの写真用フィルム。生活のあらゆる分野で、アメリカ人の発想による文化が、世界の人類を豊かにしてきた。


アメリカはまた、世界最大のカメラ消費国である。ライカもコンタックスも、キャノンもニコンも、アメリカが最大のお得意様であった。ところが不思議なことに、アメリカのカメラメーカーはいたって影が薄い。スピードグラフィックのグラフレックス社、 ラジオメーカーから転身したアーガス社など数社の名前が挙がるだけで、あとは映画の撮影機に特化していたベル&ハウエル社、フィルムメーカーのイーストマン・コダック社のカメラがあるぐらいである。

グラフレックス社は報道写真向けに特化していたから、市民向けカメラでは、アーガスとコダックが熱い戦いを続けてきた。それも、高級カメラ市場はドイツと日本に任せっきりで、 もっぱら庶民向けの普及カメラで覇権を争ってきた。そのアーガスとコダックの代表的モデルを手に入れたので、撮り比べをしてみようと思う。

アーガスC3

ARGUS C3 + Cintar50mmF3.5

シリーズで200万台以上売れたという大ベストセラーである。1938年から1966年まで、実に28年間にわたって生産されたロングランでもある。 アメリカではBrick(煉瓦)、日本では弁当箱と愛称され親しまれた。真四角のベークライトのボディーに、アルミダイキャストの裏蓋を無造作に付けたデザインは、無骨ではあるが、 何故か可愛らしく、親しみやすい雰囲気を持っている。

重い、重いと言われているが、実際の重量は772gで、コンタックスUa(748g)やキャノンUS(800g)と比べて、それほど重いわけではない。ただ、厚さが50mmもあるので、 手の小さい日本人には持ちにくいカメラである。

大量に生産されたので、中古価格は安い。写真のカメラは、ヤフオクで手に入れた。ベークライト製だが金属で縁取りをしてあって、 それほどチープな感じはしない。直線と円のバランスが絶妙で、いかにもアメリカ的なデザインなのだ。

低価格のカメラなのに、アーガスC3はなんとレンズ交換が出来る。しかし私は、このカメラで、レンズを交換して使う気にはちょっとならない。交換方法が複雑で面倒な上に、肝腎の交換レンズがほとんど市場に出てこないのだ。アメリカ人もアーガスの交換レンズは、あまり使わなかったようである。

(クリックすると大きくなります。)
大手門 噴水

距離計は上下像合致式で、下像がオレンジ色なので合わせやすいのだが、私のカメラは無限遠が狂っているようで、調整が必要だ。絞りの数値が3.5、4.5、6.3、9、12.7、18と独特なのも勘が狂う。レンズはよく写る方だが、周辺光量落ちが見られる。

銀座和光 銀座にて

露出計通りだとかなり露出オーバーになる。シャッタースピードも表示より遅いのかもしれない。しかし、写りは大変満足出来るもので、とても3千円の安物カメラとは思えない。

これが当時30ドルで売り出され、ライカの1/4の価格で買えたのだから、アメリカ人が喜んで使ったのがよくわかる。


アーガスC3 マッチマチック
Argus C3 MatchMatic シャッターダイアル

1958年に発売されたC3の改良型である。発売20年目にしてやっと出た改良版。しかし、ツートーンモデルが追加されただけで、内容は全く変わっていない。唯一、改良?されたのが、外付け露出計に対応したシャッターである。なんと露出計に合わせて、4,5,6,7,8 と整数に単純化してしまった。付属のセレン式露出計は、今では動くものはほとんど無い。そうすると、シャッターダイアルの表示だけでは、シャッタースピードがわからない。

単純化はアメリカ人のお家芸だ。0と1とで表現するコンピューターはその最たるものだが、シャッタースピードの単純化は、どう考えても改良とは言えないだろう。全日本クラシックカメラクラブの先輩が測定した結果は、下記の通りだという。
1/10 1/30 1/60 1/125 1/300

レンズの絞りの値も、3.5、4、5、6、7、8、と、いたってシンプルである。これも測定すると、下表のようになる。頭が混乱してくる。
3.5
3.5 4.5 5.6 8.0 11 16


このカメラ、イギリス映画の「ハリー・ポッター 秘密の部屋」に登場する。ハリー・ポッターの大ファンの少年コリーが、ハリーの写真を撮ろうと構えるカメラが、何故か、アメリカのアーガスC3なのだ。それで、このツートーンのモデルは、ハリー・ポッターモデルとも呼ばれ人気がある。見た目がかわいいので、アーガスC3のうちで、このモデルはけっこう高値がつく。




(クリックすると大きくなります。)
東京医科歯科大学 神宮外苑にて

お茶の水から聖橋を望む 水道橋方面

このハリーポッターカメラ、バカにしてはいけない。非常によく写る。晴天の日は、シャッターを一番早い8に、絞りも最小の8に合わせてシャッターを切れば、ご覧の通り。実に気持ちの良い写真が撮れる。難しいことを言わなければ、これで十分なのだ。単純化が好きなアメリカ人が、喜んで使ったのがよくわかる。


アーガス A3
 
 Argus A3+Anastigmat 50mm F4

1940年 C3が大人気を博している中で、突如登場した似ても似つかぬアーガスA3。同じ会社から、これだけ個性の異なる、しかも強烈な存在感を示すモデルが2つ同時に販売されるということが、アメリカ人の摩訶不思議なところだ。 

大量生産時代に芸術の香りを付加しようという、いわゆるアール・デコ調のボディースタイルは、四角四面のごついC3とは反対に、優美な曲線で構成されている。

距離計連動のように見えるが、距離計は無い。左の細長い窓は光学式の露出計だ。明るさが変化する窓に現れる数字を読み取って、露出を決めるのだが、とても使いにくい代物で実用的とは言いがたい。

距離ヘリコイドを動かすとレンズが飛び出す沈胴式で、ちょっとびっくりする。軍艦上のシャッターのように見える突起は、ロック解除ボタンで、この突起を押して巻き上げると、1枚分巻き上げたところでロックされ、ボディー前面のスローシャッターのように見えるカウンターが1枚分進む。巻き戻しも同じボタンでロックを解除する。

シャッターはレンズに付いていて、いつでも切れてしまうエバーシャッターだ。T,B,1/25から1/150までの簡単なシャッターである。

(クリックすると大きくなります。)
初夏の日比谷公園

必要最小限の機構しか付いていない初心者用のカメラだが、写りは悪くない。というよりびっくりするほど良く写る。

日比谷公園 煉瓦亭

初夏の日比谷公園は、新緑がきれいで、写真を撮るには良い季節だ。帰りに煉瓦亭によってポークカツレツを食べた。旨かった。

コダック シグネット35

Kodak Signet35+Ektar44mm 裏蓋の露出計算尺

アメリカでアーガスC3と熾烈な販売競争を繰り広げたもうひとつのカメラが、このコダック・シグネット35である。無骨なアーガスC3とは正反対の、小型でキュートなデザインである。ミッキーマウスの愛称で親しまれた。

1951年から販売され、当時、売れに売れていたアーガスC3を猛烈に追い上げる。そして、かなりの成功を収めるのだが、結局、最後にはC3との勝負には負けたらしい。シグネット35は1958年に打ち切られている。アーガスC3はそれ以降も売れ続け、打ち切りは1966年である。コダック・シグネット35の生産期間は7年、アーガスC3は27年だから、コダックの完敗であろう。

もっともシグネット35は、アーガスC3の後継として、同じ51年に売り出されたC4やC44の競争相手で、その競争には勝利を収めたといってよい。なにしろアーガスC3はC4シリーズが打ち切られたあとも売れ続けたのだから、化け物のようなカメラだったのだ。

シグネットはこの35のあと、40,50、80とモデルチェンジを繰り返し、1962年まで続くが、デザインはどんどん野暮ったく、安っぽくなり、ついに消えてしまった。

不思議なことに日本では、このシグネット35の方が圧倒的に人気がある。やはり、可愛いデザインが日本人好みなのだ。中古ショップの相場は2万円前後だが、なかには3万円以上の値札が付くこともある。


(クリックすると大きくなります。)
夕日に映える大手門 鯉と遊ぶ白鳥

レンズはエクター44mmF3.5がついている。エクターといえばスピードグラフィックの標準レンズで、世界のフォトジャーナリストから高い評価を受けていたレンズだ。

エクターは、コダックが自社生産の高級レンズにのみ冠する名称で、放射線元素トリュームを混入した特殊光学ガラスを使用しているといわれ、その高い描写力は伝説化している。たしかに、シグネット35についているエクターは、かなり水準が高い。

蕎麦屋 カフェテラス

和風の蕎麦屋と洋風のカフェテラス。それぞれの雰囲気をよく描写している。エクターというレンズはただ者ではない。

かかし祭り 東京タワー

色も鮮やかだ。普及機だがこれだけ撮れれば文句はない。レンズシャッターで1/300までしかないし、セルフコッキングではないのが弱点だが、6,200円で手に入ったのだから大満足である。

東京スカイツリー 桜橋

このカメラは機械としても質が高い。普及型カメラとはとても思えない手触りだ。ファインダーもシャッターも、巻き上げも距離計も格上のカメラと遜色がない。つい興が乗って、さらに撮影を続けた。

寺猫 今戸神社

このカメラはエクターレンズのシリアルナンバーで、製造年がわかる。最初の2桁のアルファベットが下の表の数字に対応しているのだ。私のカメラはREだから54年製である。
C A M E R O S I T Y
1 2 3 4 5 6 7 8 9 0

パーフェックス 55 (1940年)
Perfex fifty five+Scienar 50mm F2.8
アメリカを代表する大衆機のアーガスとコダックを横目で睨みながら、独自路線を採ろうとしたメーカーがあった。1938年創業のキャンディッドカメラ社(Candid Camera)である。1938年に最初のパーフェックスを発売する。ベークライトボディーにフォーカルプレーンシャッターを搭載し、レンズ交換が出来るカメラだった。

1939年にはパーフェックス44、1940年にはパーフェックス33と矢継ぎ早にシリーズを充実させ、さらに同年に写真の55を投入する。フォーカルプレーンシャッターはB、1、2、5、10、25、50、100、200、500、1250という本格派だった。距離計の基線長は85mmもあり、光学式の露出計を内蔵するというアメリカ製にしては大変贅沢な仕様であった。

デザインが非常に美しいので、前から気になっていた。ヤフオクに登場したので思い切って落札してみた。アーガスやコダックに押されて、あまり売れなかったらしく市場にはあまり出回らない。

(クリックすると大きくなります。)
睡蓮 アジサイ
距離計は上下像合致式で慣れないと非常に合わせにくい。ヘリコイドはボディー側についていて、最短距離は3フィートだ。口径39mmのスクリューマウントでレンズ交換が出来るのだが、ネジのピッチが違うので、残念ながらライカのレンズは使えない。

花菖蒲 小岩菖蒲園にて
光学露出計はとても使い物にならない。パーフェックスも戦後のカメラには、露出計はついていない。レンズはすなおな描写をする良いレンズだ。

口径39mmのスクリューマウント 裏蓋着脱式
レンズ交換は39mmのスクリューマウントだが、ネジピッチが違うのでライカのレンズは使えない。距離ヘリコイドはボディー側についている。巻き上げノブを引き上げて、カウンターを合わせる。フィルムを巻き上げると、シャッターもチャージされる。シャッターボタンのリングを引き上げてシャッター速度をセットする。

底面についている蝶番のような2本のレバーを内側に回すと、裏蓋が外れる。巻き戻しは前面の小さなポッチを押しながら巻き戻すが、指が痛くなるのにはまいった。


アメリカ製の高級機

アメリカはもちろん高級機も生産したことがある。コダックのエクトラ、ベルハウエルのフォトンなどがその例だが、いずれも市場では不人気で大失敗に終わっている。マーケティングの先進国であり、技術的にも世界最高レベルにある国なのに、敗戦国のドイツや日本に、どうしてもかなわないというところが不思議である。

Kodak Ektra B&H  Foton
$1,936 $1,950

Kodak Ektraは1941年の発売で、距離計の有効基線長168mm、パララックス自動補正のついた変倍ファインダー、レバー巻き上げ、クランク巻き戻し、フィルムをマガジンごと交換出来るなど、ライカM3も顔負けの高機能機であった。さらに35mmから153mmまで揃えたエクターレンズ群。重量も1kgを超える超重量級である。発売価格は304ドルと、ライカの約3倍と超弩級であったようで、さすがのアメリカ人も手が出しにくく、1948年までに2,490台が生産されただけであった。

Fotonは映写機の老舗ベル・ハウエル社が1948年に発売した。茶色の革張りのボディーが印象的。スプリングモーター内蔵で15枚の連続撮影が出来た。さらに1秒に6枚の速写が可能であったという。発売当時は700ドルで販売され、すぐに498ドルに値下げされた。16,900台が作られたが高額なのと、スプリングモーター内蔵のため、大きく、重く、さらに故障が多くて、短期間で姿を消した。

ちなみにエクトラもフォトンもたいへん希少なモデルで、中古市場にはほとんど出回らない。たまに出品されても2,000ドル近い高額で取引されている。  (上の価格は2010年10月のeBay)


クラシックカメラの物語